昨年の10月に現在の湘南台に移転してきましたが、それまで2011年から約12年間は藤沢駅徒歩5分の場所 鵠沼石上で野球塾をやっていました。イトーヨーカドーのすぐそばの雑居ビルの2階です。
今の野球塾の外のフリースペースに人工芝が置いてあります。それがこの時に使っていた思い出の人工芝になります。あの広さだったんです。あの大きさが全ての始まりでしたので、あの頃の気持ちを忘れないように、持ってきました。
2011年といえば・・・東日本大震災が3月11日にありました。
その時の私は、新潟にある独立リーグ、アルビレックスBCで投げていました。アメリカから戻ってきた前年から、引き続きお世話になっていました。震災のあった時は、千葉県で合宿を行っていました。
そんな時に地震がありました。合宿も中止になり、新潟に戻り世の中な大混乱していました。
プロ野球もオープン戦がなくなり、非公式でしたが、調整不足だったヤクルトスワローズとオープン戦をやる事になりまして。。。ヤクルトの先発は石川投手 新潟は僕。両チームの先発投手が170cm以下という(笑)遠くから見たら、中学生が投げてるのか?っていうような(笑)
その試合で投球中に肘を骨折してしまい、神奈川に戻ってきました。
その時に、選手として続けたいけど、年齢の事もあったり、世の中の情勢もあってすんなりとは決まらなかったんです。一応、練習だけは続けていました。
現在、中日ドラゴンズで活躍中の小笠原慎之介選手が中学2年生の時です。
中々、チームが決まらず・・・現役を続けるのか?どうするのか?といよいよ考えた時に・・・今までアメリカで学んだ事、見てきた事を次世代に繋げたい!と思い、野球塾をはじめました。
最初の頃は、本当に大変でした。今でこそ「野球塾」という言葉が一般的に使われるようになってきましたが、当時はそんな言葉はほとんど使われていませんでしたし、世間に認知されていなかった職種です。
オールスターに選ばれていなければ、そもそも日本のプロ野球選手でもなかった、誰も僕の事など知らない、ただのちっさいおっさんです。パッと見ても野球をやっているとは思われない。そんな状態でオープンをしました。
野球があったおかげで、色々な国へ行き、色々な場所へ行き、色々な文化や言語も学び、仲間が世界中に出来ました。
その時の気持ちをいつも忘れずに・・・私にしか出来ない事を繋げています
それが、野球塾 Perfect Pitch and Swingの原点です。